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RoboCup Junior Japan Rescue Kanto OB

             2005~2013
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新年2度目の投稿は去年の暮に増設したコーナーです。

今回は、2006年、2度目の年の投稿になります。

大会についてはこちら、T.A飯田橋レスキューの一期生2人でなんか色々やった結果が書かれています。

ルールとしては、コースに坂ができて3年目。まだ被災者を踏み潰すルールだった頃で、

バンプも串もなく、競技進行停止の減点もなく、2階の最後までラインが有る時代でした。


まぁ書いてある通り、この年もよくわかっていなかったので、

のんびりと特に目的もなく出場してましたね。多分。まともな成績でるなんて考えてませんでしたからね

結果はともかく、2人でのんびりやってました。

この時が確かアドバンスⅠだったかな。レスキューは1人だったんだけど1月から2人になり

この2人で煽り合いながら飯田橋で活動していました。※当時は1人チームでも参加可能

レスキューフィールドもT.Aにはなかった時代です。机が白かったので机の上でロボットを走らせてました。

坂も無理やり机を斜めにして作っていたので、よく落下事故を起こしていましたね。よくロボットが巻き込まれ・・



この年からRCXの付属の謎ソフトを卒業してようやくROBOLABを使い始めて・・・初めて・・・

NQCを始めました✌

大会自体はROBOLABで出たのですが、NQCでプログラムを書き始めたのはこの年が最初です。

あの頃のBricxCCは割と不安定な面が多くコンパイルは出来ても、

RCXへの書き込み機能が不良で使わない方がいいとのことだったので、

コマンドプロンプトからコマンド打ち込んでプログラムをRCXに投げてました。


今思えば小学生がコマンドプロンプト開いてコマンド叩いてたんだよなぁ・・・引くわー(´・ω・`)

今でこそviでプログラム書き始めるような馬鹿に成長しましたが、

今の自分から見ても、コマンドライン小学生はダメだと思います。


というのが私が小学校6年の時の話です。

まだ日本語のNQCリファレンスが無かったので死ぬような思いした気がします。



あ、この時クローラーが外れてホイールだけでライントレースしてノード優勝したのが自分です。
ブロックはクローラーが外れて負けてます。


それでは今回はこのへんで。

次は2007年。唯一真面目に世界大会狙ってロボットを作り、大会に挑んだ年になります。

この頃から段々とスタッフっぽくなっていく訳ですがその話は後ほど・・・。



(^・ω・)ノ RadiumProduction at curonet
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初めまして。Luzと申します。
某大学の情報学科に入りました。のんびりと生活を送るのが今年の夢です。
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